▼大野靖之ライブに泣……かない[後編]
[2006年08月29日(火) ]

 

 いまどきのライブでは、ギター・キーボード・ドラムスなど、どんな楽器の音でもアンプで増幅できる。だから音が厚くなると、どうしてもボーカルが聴き取りにくくなる。会場や席によっては、ほとんど何を言っているのかわからないことさえある。

 しかし、大野さんの声質と声量を持ってすれば、しっかりと声は届き、初めて聴く新曲でも歌詞をはっきりと聴き取れる。詩を聴いて音とともに味わいたい私としてはこれはうれしい。

 8月27日、大野靖之さんの2 days ライブ「Feel the Wind〜それぞれの情景」(東京都渋谷区・青山円形劇場)の「最終日」(大野さんの表現。彼はしきりに「追加公演したい」と言っていた。「大人の事情で無理なんですけど」)、満席のオーディエンスを前に、前日にも増して大野さんの声が強く届く。

 ますます歌詞が聴き取りやすくなる。初めてベースがはいってバックの音が厚みを増しても、彼のヴォーカルはライブを仕切れるたくましさをたたえている。

 でもこの日私は前日と違って、泣かなかった。それには2つの理由がある。

 私が泣かなかった理由のひとつは、2日目の方が大野さんの声がさらに出ていたからだ。不思議なもので、少しだけ声が出にくそうな時の方が、私の心が無防備になるのだ。

 ほんのわずかだけれども、大野さんが見せた「最高」からのずれ。そこに「大野靖之」という人間存在を、まんま体感してしまうから、私の心も裸にされ、涙に結晶化したのだろう。 この日は2日目ということで、大野さんの中にさらに「決意」があったように思う。その決意の力強さは、涙よりも未来への期待になる。それが私が泣かなかった2つ目
の理由になる。

 大野さんは1日目に長い前フリをつけて絶唱した「I LOVE YOU」(尾崎豊の大ヒット)を歌わなかった。大野さんが尾崎豊の曲を歌うことはもう、このままないかもしれない(ちなみに1日目はオリコンブロガーの木村あつしさんといっしょに行ったのだが、彼は2回行った大野さんのライブでともにこの曲を聴いている幸せ者だ)。

 「二十二歳のひとり言」も1日目以上に、これでもう歌わないと本当に決めたかのような気合がこもっていた(個人的にはまだもう少し歌ってほしいし、この名曲をCD 化しておいてほしい〜私が癒されるから)。

 つまり、大野さんは間違いなく新しいステージに立とうとしているのだ。それを強烈に実感した私は、涙よりもこれからの「大野靖之」のことをライブじゅう想像していた。

 これが確信に変わるのは、2日目のアンコールで披露した新曲「日溜り」を聴いてからだ。この曲には、大野さんが今思っている「伝えたいこと」がストレートに表現されている(「僕も一緒に泣いてあげる」というキーフレーズとそこに至る言葉たちが輝いていた→歌詞はこちらから)上に、おいしいメロディがかぶさっていて、今すぐにでもシングルにして欲しい出来だった。

 偶然のトラブルというのは、時として思わぬプラスにもなる。この曲の演奏前、アコースティックギターとアンプをつなぐケーブルが故障し、大野さんは目の前のマイク1本にギターと声を拾ってもらうだけで、歌ったのだ。最大限シンプルになっただけ、大野さんの想いはよりくっきりと輪郭を整えて、私の前に現れた。

 その他の新曲たちも、大野さんの曲作りが、試行錯誤を経て、より多くの人に受けてなおかつ、大野さんらしさを失わない「ちから」を持つようになりつつあることを示していた。

 ユーモアがありポップなのにちょっと寂しい「アドレス変更」、静かに深く言葉がしみてくる「永遠」、元気が出る「夢のつぼみ」……近々イッキにすてきな曲たちがもっと生まれて来そうな気がする[それぞれタイトルをクリックすると歌詞が読めます]。

 今回から大野さんのライブは座席指定になった。かなり早くからチケットを取った私は、アリーナ席の前から2列目という間近で、大野さんを見ることができた。

 歌っている時の表情から、声の出し方や細かいしぐさまで見つめ、そこに、いつも通りよく通る彼の声を重ね合わせているうちに、私の中にあるイメージが湧いてきた。「少年」だ。

 1日目に大野さん自身が「子ども時代の心を忘れたくない」と言っていたけれど、忘れないどころか、「少年」の心を持ち、なおかつしっかり「大人」でもあるんだなぁ、この人は、と思った。

 声とパフォーマンスから透けて見えてくるものは、今や尾崎豊ではなく、想像力と創造力がプロフェッショナルで感受性豊かな、ひとりの「少年」だ。

 マジでいい表情をしている。それを裏付けるように、大野さんは「歌を聴いてもらっている時ほど幸せなことはない」「歌で生かされている」と話していた。

 この「少年」感覚も、大野さんのライブに何回も行っていて初めて感じたものだ。1日目の「涙」と合わせて2度も「初めて」。私はますます彼が新しいステージに入ったことを痛感せざるを得ない。これからの活動がさらにさらに楽しみになった。

 もちろんショーとしてのライブも充実していた。曲も数曲入れ替わり、構成も変わった。2日続けてきても飽きない、という1日目冒頭の「公約」通りだった。

 2日目のトークで印象に残ったところを拾おう。

 「昨夜父と電話で話したら、『ダメ出し』の嵐でケンカになりそうになった」。高校の時「歌が大事なのにどうして応援団長をやるの」と先生に迫られても「今しかできないことをやりたい」とつっぱねた。「子どもたちも言葉をいっぱい知れたらいいのに。そしたら『うるせーくそババァ』『殺すぞ』なんて言葉は出てこなくなる」。

 そうそうハンカチ王子のギャグも進化していた。大野さんがやると「またやってる」の声。「そう言わないで下さいよ」とバックバンドの方を振り向いて「みなさんも汗だいじょうぶですか」と尋ねると、その場にいたギターとベースとドラムスも、タオルハンカチを出して汗を拭き始める。大爆笑。

 「『がんばれ』って言葉は好きじゃないんです。今がんばってる人に言えないし、すでにたくさんがんばって来ているかもしれない。『がんばったね』を応援メッセージにしていきたい」。すごく共感。 そんな中で最後のメッセージは、「みんなで『がんばったね』と言って、生きていきましょう! みんなメンバーです!!」。

 大野さんは、ある学校ライブに取材に来た新聞記者が、正装の S マネージャーを大野さんと間違えて取材を始めてしまったエピソードを話して「オーラがないんですよ、道のりは長いなぁ」とため息をついていた。

 だいじょうぶ、大野さん。大野さんのすてきな「少年」の表情、伝えたいことがよくわかる曲と声、たっぷりと大野さんのオーラを浴びて、「大野さんがうらやましい」と思って帰ってきた伊藤悟ですから。翔べ! 大野靖之! 「GOOD DAY 曇り空でも」(夢のつぼみ)、「君だけが寂しいわけじゃない 自分の場所を探してる みんなもそうだろ?

 君だけが苦しいわけじゃない だから君の心になって考えてみるんだ」(ともだち)、「がんばらなくてもいい 生きてるだけですごい」(美しすぎる命たちへ)……いっぱいいっぱい自分へのメッセージをもらった2日間だった。ありがとう、大野靖之さん!

 

  《 06年8月28日大野靖之 07年3月5日大野靖之》