▼音楽への愛情を忘れない〜w-inds. 応援宣言
[2006年09月7・10・11日]

 

 w-inds. の新曲「ブギウギ66」、イケてる曲だ。

 もともと w-inds. はいろいろなスタイルの楽曲に挑戦しており、多彩なレパートリーを持っている。今回も、少し古いムードのポップロックを w-inds. 流に見事に消化して聴きごたえ満点だ。

 サビの部分が特にインパクトがある。早口言葉のような超アップテンポの展開に、歌唱が負けていないどころか、力強さと明りょうさがあり、迫力あるロックボーカルになっている。さらにサビから次の日ヒップホップ風の中心部への移行もスムーズで、全力を出しきりつつ、なめらかに美しくブリッジを架けている。

 「遠慮はいらない」「リスタートさ」「革命起こそうか?」という超強気な歌詞に、3人の歌声は全く臆することなく、聴くほどにこちらも「本気」が起きてくるほど、パワーを全開にしている。

 メロディの一部やアレンジ(ブラスがカッコいい)は、いま求められている「レトロポップス」路線だ。それを得意としているジャニーズ事務所系とは、少し方向が違うけれど、大筋は「かつてのポップスにあったわかりやすさ・楽しさの再生」の形で作られていて正解だ。

 ジャニーズ事務所ひとり勝ちではなく、事務所に関係なくステキな曲だらけ、という音楽文化が咲き乱れる状況へ進んでいくためにも、この w-inds. や Lead などには気合を入れてほしい。特にスタッフも協力して、うんといい曲を歌わせてほしい。

 しかしそこに大きなハードルがある。

 現在、非ジャニーズ系・男性アーティストは、メジャーな音楽番組(例えば「ミュージックステーション」)に出演することがきわめて難しくなっている。

 そこに圧力がかかっていることは、ほとんどの業界人と音楽メディアにかかわる人たちが知っているにもかかわらず、誰も問題にしようとしていない。

 音楽は商売道具ではなく「文化」なのだから、すばらしい音楽を創り出していこうという気持ちが少しでもあるのなら、「排除」ではなく公平な状況の中で切磋琢磨していくべきだ。

 事務所とかレコード会社に関係なく、たくさんのアーティストができるだけ公平にメディアに出るチャンスを与えられるべきで、これだけの実力とファンの支持があるのに、w-inds. がテレビ等でめったに見られない、というのは全く言語道断な事態だ。

 とりわけコメントに表れた w-inds. ファンのみなさんの必死で切実な想いに対して、胸が締めつけられる思いだった。メディアから締め出されている彼らを何とか多くの人に知ってほしい……業界人はこの声に応えられなければ、音楽を愛する資格がない。

 音楽番組の出演基準が「実力」であれば、w-inds. は大幅にそれをクリアしている。これに対し「いい曲だったら自然と売れる」という人もいるが、メディアの力を借りなければ、商品情報さえ消費者に届かないというのが現実で、テレビに出られない、というのはあまりに大きなハンディになる。

 友だちに w-inds. のことを話しても、「だって M ステとかうたばんに出てないから知らない」と言われたら、誰でも切なくなってしまう。 ただしこの事態が生じた背景は複雑で、日本最初の音楽プロダクション・渡辺プロができた時から、事務所のタレントやテレビ枠のとり合いで「抗争」が付きものになっている。たまたま今はジャニーズ事務所が強く、w-inds. らのビジョンファクトリー
が弱いという勢力図になっている。

 それに輪をかけるのがメディアの主体性のなさで、利権もからんで、不公正な番組編成や雑誌編集がまかり通っている。リスナーが求めている曲をオンエアしようという気概に欠けているのだ。テレビの音楽番組のほとんどは、大手レコード会社と大手プロダクションによって出演枠が抑えられており、もはや w-inds. だけの問題ではなくなっている。理不尽にテレビに出られないでいるアーティストは他にもたくさんいる。

 音楽業界なんてそんなものさ、とうそぶくのは簡単だ。でもそれにアーティストやファンが振り回されているという現実から目をそらすことはできない。まず、今不利益を被っているアーティストに対して対処しなければならない。

 w-inds. のファンたちは、懸命だ。各音楽番組に一生懸命リクエストをする、テレビ局に署名も持っていく]、そして何よりもファンであることに誇りを持っていて、どんな逆境にあってもアーティストを応援していく。すばらしいことだ。

 私たちはあきらめずに理不尽なことは理不尽だ、と声を上げていき、味方を増やしていくしかない。ブログやミクシーや掲示板で、友だちに口コミで、メディアに投稿して、つまりあらゆる方法を駆使して訴え続けよう。

 ただ、ここで確認しておかなければならないことがある。事務所のあり方の問題と、その事務所に所属するアーティストとは分けて考えなければいけない。

 それぞれの事務所に所属するアーティストたちは、本物のアーティストになるべく懸命に努力をしている。そして、キャリア何十年というベテランにでもならない限り、アーティストが事務所に反抗したりホンネで意見をいったりすることは、かなり難しい場合。

 とりわけ若ければ若いほど、事務所の言う通りに活動していないと、活動できなくなってしまうことさえあり、アーティスト側の立場はかなり弱い。だから、事務所のあり方=アーティストの姿勢、とはならないことは明らかで、事務所の責任は重大だということになる。

 だからファン同士がアーティストをけなし合うのは、とても寂しい。それよりはいろいろなアーティストが事務所などに関係なくいっしょに舞台に立ち、公正な切磋琢磨をしていく方向を持ちたい。「排除」ではなく「共存」ができるはずだ。

 音楽業界・テレビ局が自浄作用をはたらかせなければ、音楽文化は危機におちいるだろう(というか、すでにおちいっている)。

 結びの言葉はこれしかない。「音楽への愛情を忘れない」。業界人も、メディアの人も、アーティスト自身も、ファンも、そして私も、音楽をリスペクトすることを基準に考えれば、きっと道は開ける。