▼大野靖之ライブに泣く[前編]
[2006年08月28日(月) ]

 

 生まれて初めて、ライブで泣いた。8月26日、大野靖之さんのライブ「Feel theWind〜それぞれの情景」(東京都渋谷区・青山円形劇場)の14曲目「二十二歳のひとり言」の時である。

 この歌は、高校3年の時、母親を乳がんで亡くした大野さんが、父親と2人の兄を含めた5人の家族のことを自分のライフヒストリーに沿って歌った、15分にも及ぶ大作だ。

 大野さんは前フリで「この曲はいつか賞味期限が来ると思っているんですけれど、ライブで歌う曲を選ぼうとすると外せなくて、今回はまだいいかなということで歌わせて下さい」と言った。そしてまるでこれがライブでの歌い収めであるかのように、圧倒的な迫力で強く強く想いを込めて歌った。

 大野さんの母親が「大学くらい出なさい」と言う。夢を貫きたいという大野さん。母親も最終的には「がんばりなさい」と笑顔で夢を許してくれる……。

 そのあたりで、私の身体の中にゆるやかな電流のようなものがもぞもぞと動き出し、心が強く歌に引っ張られていくのがわかり……涙がにじんだ。自分の家族(とそれに当たる人)といつの間にか重ね合わせていた。

 音楽の力はなんて大きいのだろう。

 実は2曲目の「弱虫な時代」でも予兆はあった。「核兵器も政治家も銃もいらない

 奪い合った悲しみだけ向き合えばいい」にと、優しさのない冷たい風が吹く時代を歌うこの歌に、自分が今まで生きてきた場面がフラッシュバックして、じーんと来た。

 とりわけ今抱えている、仕事や私生活上の苦しさと時代との関連に思いをはせて、胸が熱くなった。しかし涙までは行かず、逆に、そのしんどさから来る疲労が少しずつ取れて行く感覚に変わっていき、大野さんの世界に心置きなくひたろうという心情になれた。

 気が付くとそこには、大きく「進化」した大野さんがいた。

 大野さんは8曲目の「I LOVE YOU」(尾崎豊の大ヒット)を歌う前に、自分と尾崎とのかかわりを語った。「自分の伝えたい・届けたい」ことを歌に託していいんだ、ということを尾崎から教わったという大野さんは、その気持ちは今も変わりはないと言う。

 ただ初めはとにかく尾崎のマネで、先生に好かれていたのに「先生のバカヤロー」と歌い、「こんな社会」とうそぶいた。

 今は時代も違う。「自由になりたくないかい?」(尾崎の歌の一節)と言っても、そこには「自由ゆえ不自由さを感じている」世代がいる。伝えたいことは、時代とともに変わる。今の自分が伝えたいことを伝えよう、大野さんはそう考えるようになった……。

 続いて歌った「I LOVE YOU」はすごかった。日本でもっとも上手に尾崎のカバーができるシンガーなんじゃないだろうか……いや違う……この「I LOVE YOU」はカバーではない! 大野靖之の、大野靖之しか歌えない「I LOVE YOU」になっていた。

 私は、大野靖之を透かして尾崎豊を見ていた自分に気付き、尾崎豊の継承・発展を大野さんに期待していた自分を深く恥じた。これからは、シンガーソングライター大野靖之を、あくまで大野靖之として見ていこう。

 15曲+アンコール1曲。2時間半にわたるライブ。終わった時、とてもそんなに時間が経ったとは思えなかった。 何しろ相変わらずその声質と歌唱に魅せられる。それに、1曲の中でも、また曲によっても、すごくメリハリが付くようになった。

 尾崎コピー時代、続く路上ライブ時代に培った、彼の中の「激情」を巧みにコントロールして抑えながら、ここぞというところで大きく感情を出す。それによって、より鮮明に彼の「伝えたいこと」が納得づくで入ってくる。 曲間のおしゃべりも、ライブの進め方もかなりグレードアップしていて、余裕さえ感じた。いきなり小さいタオルハンカチを取り出して汗をぬぐう。甲子園で優勝した早稲田実業の斎藤佑樹投手(なぜか「ハンカチ王子」と呼ばれている)のマネだ。受けた。

 「ともだち」「Happy happy birth day」では会場のみんなに歌を促し、小さい子にマイクを向け、温かくパワフルな雰囲気を作り出す。

 トークも落ち着いていて、「間」を怖れなくなったせいか、安心して聴ける。

 そしてライブにはいろいろなポリシー=「伝えたいこと」がつまっていた。

 デパートでピーターパンがいる島の模型にずっと見とれていた時のこと。子どもたちは集まっていっしょにはしゃぐけれど、大人は誰一人として立ち止まりさえせず通り過ぎていく。

 大野さんは、そういう点ではずっと「子ども」の心でいたい、ときっぱり言う。子どもたちは芸術家なのだけれど、大人になるにつれてそれを失っていく……。

 だから学校ライブから生まれた曲のリアリティは高い。「夢を想像してみないか」と語りかける「夢のつぼみ」(新曲)には実際に小学生たちが語った夢が折り込まれている。

 家族の大事さを語る時も、母父子と揃っていなくても関係ない、いろいろな家族があっていい、と強調する。離れて住んでいても、離婚しても、血縁がなくても、家族と思えば家族なんだ。

 父親が禁煙したことをちゃんと伝えてから禁煙前の父を歌った「アイスコーヒー」を歌う。やせたのに彼が大きく見えるほど、包容力が増したように感じた。

 携帯電話のコミュニケーションにも疑問を発する。新曲「アドレス変更」では、メールをやりとりしない関係になっても「アドレス変更」のメールが届くことに象徴させて、人間関係が希薄になっていくことを軽い曲調に乗せてさりげなく訴えた。「変化球」にも磨きがかかった。 遠くでも近くでも「戦争」が起きているが(最近たくさん起きている親子の悲劇も含んで)、何もできない。でも、ほめてもらったり、「ありがとう」と言ってくれたり、肩をたたくなど身体に触れてくれたりすると、「生」を感じる。明日も生きようと思える。だったら、その逆をやれば、相手が生きようと思ってくれる。「ありがとう」のリレーだ。それで何かを変えられる……。

 そう、誰かに自分を肯定して受け入れてもらえないと、人間は生きてはいけない。受け入れあうことがいかに大切か、私も身にしみて最近感じている。こんな大野さんの人間観にホッとして、心を確かに寄せられる。

 大野さんの歌と演奏とポリシー=「伝えたいこと」を支えるバックも最高に充実していた。ギター(いつもカッコいい後藤さん)、バイオリン(美しい「紅一点」三宅さん)、ドラムス/パーカッション(笑顔がすてきな藤本さん)、ベース(渋くてダンディな長谷川さん)と豪華な編成。

 初めて入ったベースとドラムスは、大野さんをして「こんなに気持ちよかったんだ、早く入れればよかった」と言わしめた。その上メンバー全員イケメンまたは美人! 「人気を取られそう」と大野さんが心配するのも無理ない(?)。みんな温かそうな人ばかりで、大野さんを優しくサポートしていて、こちらの気持ちまで穏やかになる。

 さらに音響とライティングも、今までのライブの中でも最高の構成で、スモークが絶えず漂う中、曲に合わせた光の舞は見事だった。 大野さんは、自分の音楽を「ある意味ロックだと思っています」と結んだ。「ロックは信念を持つこと、時代に流されず信念を貫くこと、どんな形でもそれがあればロックですから……」。

 ロックシンガー大野靖之はたくましく進化を続けている!

 ライブは「生きもの」なので、ミュージシャンとオーディエンスとその日の「気」によって大きく変化する。翌日27日の2回目のライブでもまた、いろいろなことを思った。[つづく]

 

  《 05年10月6日大野靖之 06年8月29日大野靖之》