▼「おニャン子クラブ」時代から学ぶこと
[2006年03月31日(金) ]

 

 ヒット曲を始めとする曲/音楽そのものに「良い・悪い」はない。

 「好き・嫌い」はある。一人ひとりの人間それぞれが持つ「波長」や人生のある場面にぴったりはまる楽曲に出会うこともある。さらに私たちの可能性ややる気や自分らしさをひき出してくれることさえある。

 だから私は、できるだけたくさん聴けるだけの曲を聴いて、自分の心の財産をふやしたいと思って、ヒット曲を何十年も聴いてきた。でもまだまだ、国で言えば日本と米国が中心だし、ジャンルももっと広げられるだろうし、聴きたりないことおびただしい。

 だからさらに私は、たくさんの人にいろいろな音楽を聴いてほしいと願う。ある特定のジャンルだけ、ある特定のアーティストだけではなく、幅広く聴く中で自分に入ってくる曲たちに出会うことで、生活に潤いができる、楽しくなる。

 ところが、このところの音楽業界は、いろいろな音楽に触れる機会をどんどん閉ざしているように思えてならない。

 まず1980年代に起きたことを知ってほしい。「おニャン子クラブ」のことである。フジテレビ系「夕やけニャンニャン」(月曜から金曜の午後5時から放送)というバラエティの中で作られたチームで、オーディションをやってはメンバーが増えていく。

 1985年夏、「おニャン子クラブ」名義で「セーラー服を脱がさないで」(『オリコン』最高位5位、25万枚)を出してヒット、人気が爆発する。

 その後『オリコン』1位獲得を獲得したのは、ソロで、河合その子・新田恵利・吉沢秋絵・国生さゆり・福永恵規・城之内早苗・高井麻巳子・渡辺美奈代・渡辺満里奈・工藤静香、デュオで、うしろゆびさされ組、グループとして、おニャン子クラブ・ニャンギラス。実に1986年1-12月の首位獲得曲46曲中 30曲を「おニャン子」系が占めている。

 このプロジェクトが音楽業界にどういう影響を与えたか。テレビでの公開オーディションをバラエティ化し、番組と連動して毎週のように新曲を出していく、という新しい手法を確かに開拓はした。

 それまでのヒット曲作りが、大げさに言えば国民全員に受ける曲を追い求めていたのに対し、ターゲットを10代〜20代前半の男性にしぼって、見事にその層だけをつかんでヒット曲を量産しチャートを独占した。

 しかし、ブームが去った後どうなったか。シングル盤が売れなくなったのである。「おニャン子」プロジェクトをまねるレコード作りが業界の中心になり、幅広い層に受ける大ヒットが出なくなってしまったのだ。

 とりわけ1986年と1987年の落ち込みはひどかった。『オリコン』の年間シングルトップの売り上げは、それぞれ53万枚(CHA-CHA-CHA/石井明美)と42万枚(命くれない/瀬川瑛子)という歴史的な少なさ。

 それが救われたのは、1988年に CD が普及し、光 GENJI ブームがおこり、90年代に入ってトレンディ・ドラマとのタイアップで飛躍的にシングルが売れるようになってからである。ただ音楽業界には何匹もドジョウがいるので、タイアップが今度は「伝家の宝刀」になって今に至る。

 個人的にとっても哀しかったのは、「おニャン子」プロジェクトで量産されたシングルとアルバムである。80年代も終わりになると、中古レコード店では、100円以下で売られていた。「おニャン子系は買い取りません」という張り紙をする店もあった。

 どうしてか。「おニャン子」に飽きた10代たちは、あっさりレコードを手放した。しかし、上の世代にはもともと合わず、下の世代には新しい音楽が供給され、中古盤の買い手が付かなかったのである。

 もちろん、「おニャン子」たちは率直に言って、歌もダンスもうまくなかったし、プロデュースする側も本気で鍛えようとしなかった(一部を除いて)。しかし、彼女たちは本当に懸命に「アイドル」しようとしていたし、楽曲だって他のヒット曲たちと全く引けを取らない。私も大好きな曲がたくさんある。CD 化されたシングル集はしっかり買って愛聴している。

 つまり「おニャン子」の音楽の質が低い、というのは作られたイメージであり、それを逆に「売り」にしていたふしもある。下手でも素人でもアイドルになれる、が「夕やけニャンニャン」高視聴率のいちばんの理由だったからだ。

 問題はどこにあるのか。音楽業界が新たな楽曲やアーティストを創造しようとする時に、聴く人を狭く細切れに想定して、つまりターゲットを狭〜くして制作する傾向を強めたのが「おニャン子」だ、ということだ。

 さらに、「アイドル」を歌を歌う人というより、ルックスやキャラクターも含んだひとつの「パッケージ」として売り出す傾向を極限まで押し進め、より商品化を進めた。「アイドル」に対する偏見を助長すること自体で売ろうとしたのだ。音楽的実力が「アイドル」にも不可欠になった今でもその後遺症が残っている。

 そして現在。「おニャン子」の時と手法はだいぶ違うけれども、音楽はターゲットをより細かく設定して制作される傾向はますます強まっている。

 その上、CD の売り方が、ファン層を特定のアーティストに強力に結びつける役割を果たしている。初回(限定)盤と通常盤、連続週発売、ジャケット違い発売、懸賞付き発売、80年代にはなかった DVD との抱き合わせ販売……いっぱい発売されれば、全部欲しくなるのは当然で、ファンは出費がかさむ一方になる。

 そこに、様々なキャラクターグッズがあり、関連書籍(エッセイ・写真集……)があり、何よりもライブ/コンサート(値段も高い!)に何回も行きたくなるとすれば、「お小遣い」のレベルで足りるはずもない。

 出費がかさめばどうなるか。他のアーティストの音楽を聴く余裕がなくなる。買わなくても良いではないか、という人もあるかも知れないが、特定のアーティストに惚れている時の人間の原動力はすさまじいものがある。バイトをしてでも資金集めをすることになるから、ゆっくりいろいろな音楽を聴き比べる余裕はどんどんなくなる。

 そして、あるアーティストを一生追い続ける人はそう多くない。何かのきっかけで飽きれば、他の音楽を聴いていないから、そのまま音楽離れをしてしまう人も出るだろう。「おニャン子」時代と異なるのは限定盤をオークションに出せば、儲かるかもしれない、ということくらいだ。

 つまり現代の、特定のアーティストのファンからどんどん金を取ろうという手法は、大きな視野で見たら、とりわけ若い層が広く音楽を聴けなくなることで、「おニャン子」後のようにさらに売り上げを減らしていく可能性をはらむ、ということだ。

 多くの人たちが、たくさん音楽を楽しく聴く、それで生活が充実する。「優しい」音楽業界になれば可能だ。

 

  《 05年10月10日チャート/ヒット曲 06年5月02日チャート/ヒット曲 》